新規ドライバー融合遺伝子産物CD74-NRG1は、IGF2オートクライン・パラクラインメカニズムによってがん幹細胞性を増強する。
CD74-Neuregulin1 (NRG1)は、非小細胞肺腺がんの中でも特に予後不良のinvasive mucinous adenocarcinomaの一部に報告された新規のドライバー融合遺伝子である。ごく最近では卵巣がんや乳がんにおいてもその存在が報告されている。一方、CD74-NRG1がどのようにがんの進展に関わるのか不明であった。また、これまで種々のドライバー融合遺伝子が見つかっているものの、融合遺伝子産物ががん幹細胞に関与するのかどうか、全く不明であった。
CD74-NRG1蛋白質を肺がん細胞や乳がん細胞に過剰発現させると、がん幹細胞性の指標の一つスフィア形成能が上昇した。NRG1(別名heregulin)は、HER3のリガンドとして知られている。そこで、CD74-NRG1過剰発現細胞において、HER3ならびにヘテロダイマー形成するHER2のリン酸化を調べたところ上昇をみた。私どもは以前に、NRG1の刺激によりHER2/HER3の下流でPI3 kinase/AKT/NFkBパスウエイが活性化することを報告している。CD74-NRG1過剰発現細胞においても、この経路が活性化していた。私どもはまた、この経路の下流でNFkBの活性上昇によりIGF2の産生が起こることを見出している(現在投稿中)。CD74-NRG1過剰発現細胞においても、IGF2の産生とその受容体IGFR1のリン酸化が検出された。さらに、HER2, PI3 kinaseまたはNFkBの阻害薬もしくはIGF2中和抗体の投与により、スフィア形成能が著しく低下した。次にCD74-NRG1過剰発現細胞を限界希釈して免疫不全マウス皮下に移植したところ、がん幹細胞性のもう一つの指標tumor initiating activityが上昇した。以上、CD74-NRG1が、IGF2の産生を誘導してオートクライン・パラクラインにがん幹細胞性を増強することがわかった。本研究は、融合遺伝子産物ががん幹細胞の維持に直接働いていることを示した最初の報告である。HERファミリーに対する分子標的薬は多く開発され、初発がんに著効するものの、数年以内に耐性が生じるため生命予後が改善されないことが大きな問題になっている。私どもは、ドライバー融合遺伝子が検出されるがんの根治を目指すうえで、がん幹細胞性を標的とした治療が有効である理論的根拠を前臨床レベルで示すことができた。
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